"在庫最適化"はなぜ現場で失敗するのか
国内外流通トピックス
「在庫を減らせば利益が増える」と分かっていても、現場では欠品や過剰在庫がなくなりません。多くの企業で在庫最適化がうまくいかないのは、理論が間違っているからではなく、現場の制約を無視しているからです。本稿では、なぜ在庫最適化が現場でつまずくのかを一つひとつ丁寧にひも解きながら、限られた人手でも無理なく実践できる現実的な進め方を解説します。
在庫は「悪」なのか、「必要」なのか
まず、在庫について整理します。在庫は、しばしば「悪者」として扱われます。在庫を持てば、保管費用がかかり、商品が古くなり、資金も寝てしまうからです。特に中小企業にとって、在庫は資金繰りを圧迫する大きな要因です。
そのため、「在庫はできるだけ減らすべき」という考え方が広まっています。これが「在庫最適化」の出発点です。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。在庫は、減らせば減らすほど良いというものではありません。在庫が少なすぎれば、欠品が起こり、売る機会を失います。せっかく来てくれたお客様に「品切れです」と言えば、売上を逃すだけでなく、信頼まで損ないます。
つまり在庫とは、「多すぎても、少なすぎても困る」やっかいな存在です。在庫最適化とは、単なる「削減」ではなく、この多すぎと少なすぎの間の、ちょうど良い点を探す活動なのです。この前提を取り違えると、在庫最適化は最初からつまずきます。
「ちょうど良い在庫」は動き続ける的である
では、「ちょうど良い在庫」を一度決めれば解決するのでしょうか。実は、そう簡単ではありません。なぜなら、適正な在庫の水準は、常に動き続けているからです。
小売の販売動向を示す経済産業省の商業動態統計を分析した経済解析室の資料によると、2025年の飲食料品小売業は、2024年と比較して価格要因が増加傾向がある一方、数量要因が減少傾向で推移しました(図表1)。
<図表1>飲⾷料品⼩売業販売額の変動要因分解
これは、「同じ商品でも、売れる数量が変わっている」ことを意味します。物価が上がると、金額としての売上は伸びても、実際に売れる個数は減ることがあります。すると、これまで「ちょうど良い」と思っていた在庫量が、急に「多すぎる在庫」に変わってしまうのです。
このように、適正在庫は固定された数字ではなく、消費者の行動や季節、価格の変化によって絶えず動きます。在庫最適化が難しいのは、狙うべき的(まと)そのものが動き続けているからです。
在庫最適化が「机上の理論」で終わる3つの理由
在庫最適化には、数式やシステムを使ったさまざまな理論があります。しかし、それらが中小企業の現場で機能しないことは少なくありません。その理由を、3つに分けて見ていきます。
1.理論は「平均」を前提にしている
在庫最適化の理論の多くは、「平均的に、これくらい売れる」という前提で計算します。しかし現実の売れ方は、平均どおりには動きません。
例えば、「1日平均10個売れる商品」があったとします。理論上は、それに合わせて在庫を持てばよいはずです。しかし実際には、ある日は3個、ある日は25個というように、売れ方は大きくばらつきます。天候、曜日、近隣のイベント、テレビでの紹介など、売れ行きを左右する要因は無数にあります。
在庫管理では、過去の平均販売数量を基準に発注量を考える方法が広く使われています。しかし、平均値だけに頼った管理では、現実の需要変動に十分対応できない場合があります。
2.発注には『ロット』という現実的な制約がある
理論上は、「必要な分だけ発注すればよい」と考えます。しかし現実の発注には、発注単位(ロット)という制約があります。
多くの商品は、1個単位ではなく、ケース単位や箱単位でしか発注できません。「本当は8個欲しいのに、1ケース12個でしか頼めない」といったことが日常的に起こります。すると、理論上の最適在庫と、実際に発注できる数量の間に、必ずズレが生まれます。
さらに近年、この制約は物流の事情で一層強まっています。国土交通省によると、働き方改革関連法の適用により2024年4月からトラックドライバーの時間外労働が年間960時間に制限されたことで、何も対策を講じなければ、2030年度には輸送能力が約34%不足する可能性があるとされています。いわゆる「物流の2024年問題」です。
この物流制約により、「少量を、頻繁に、いつでも運ぶ」ことが難しくなっています。納品回数を減らすため、1回あたりの発注をまとめる動きも進んでいます。その結果、「こまめに発注して在庫を薄く保つ」という理論的な在庫最適化は、ますます実行しにくくなっているのです。
3.現場には「理論を回す人手」がない
最も見落とされがちなのが、人手の問題です。在庫最適化の理論を回すには、データを入力し、分析し、発注を調整する人手が必要です。しかし、現場にはその余力がありません。
中小企業庁の2026年版中小企業白書は、人口減少が進む「労働供給制約社会」の到来により、人手不足がさらに深刻化するおそれがあると指摘しています。
つまり、多くの企業では、そもそも在庫管理に人手を割く余裕がなく、今後その傾向はさらに強まります。どれほど優れた在庫理論があっても、それを日々回す人がいなければ、絵に描いた餅で終わります。在庫最適化が失敗する最大の理由は、理論の質ではなく、理論を動かす現場の余力不足にあるのです。だからこそ、後述するように、人手をかけずに回せる仕組みづくりが欠かせません。
「在庫を減らす」より怖い、2つの失敗
在庫最適化を急ぐあまり、かえって損失を招くケースがあります。ここでは、中小企業が特に陥りやすい2つの失敗を見ていきます。
1.欠品による「見えない損失」
欠品の怖さは、その損失が「見えにくい」ことにあります。過剰在庫は、売れ残りとして目に見えます。しかし欠品は、「本来売れたはずの売上」が消えるだけなので、記録に残りません。「今日は売上が少なかった」で片づけられ、原因が欠品だと気づかれないことも多いのです。
さらに欠品は、目先の売上を逃すだけではありません。「あの店に行っても、いつも品切れだ」という印象を与えれば、お客様は次第に足を運ばなくなります。欠品は、顧客の信頼という、取り戻しにくい資産を静かに削っていくのです。在庫削減を進めるほど、この見えない損失のリスクは高まります。
2.過剰在庫が生む「廃棄」と「値引き」
二つ目は、逆に在庫を持ちすぎた結果の「過剰在庫」です。過剰在庫は、保管費用や資金繰りの悪化に加え、特に食品では「廃棄」という直接的な損失につながります。
農林水産省の推計によれば、2024年度の食品ロス量は461万トンで、このうち食品関連事業者から発生する事業系食品ロスは237万トンにのぼります。その内訳は、食品製造業110万トン、食品卸売業9万トン、食品小売業48万トン、外食産業70万トンとなっています。事業系食品ロスにはさまざまな発生要因がありますが、需要と供給のミスマッチや商慣行も、その背景の一つです。
ここで、食品業界特有の商慣行である「3分の1ルール」について、簡単に補足します。これは、製造日から賞味期限までの期間を3等分し、賞味期間の3分の1以内を小売への納品期限とする、いわゆる「3分の1ルール」という商慣行が一部で用いられてきました。
例えば賞味期限が6か月の商品なら、製造から2か月を過ぎると、まだ十分食べられるにもかかわらず、小売の店頭に納品できなくなります。この期限を過ぎた商品は、返品や廃棄につながりやすく、過剰在庫が生まれる一因とされてきました。農林水産省も、この納品期限の緩和を食品ロス削減の重要な取組として推進しています。
過剰在庫は、廃棄を避けようとすれば、今度は「値引き販売」を招きます。値引きは在庫を減らせますが、本来得られたはずの利益を削ります。つまり過剰在庫は、「廃棄するか、値引きするか」という、どちらを選んでも損をする状況を生み出すのです。
このように、在庫は減らしすぎても、持ちすぎても損失を生みます。在庫最適化とは、この2つの失敗の間で、慎重にバランスを取る営みなのです。
「失敗しない在庫最適化」4つの視点
では、どうすればよいのでしょうか。高度なシステムがなくても実践できる、現実的な4つの視点を紹介します。
1.全商品ではなく「重要な商品」に絞る
まず大切なのは、すべての商品を同じように管理しようとしないことです。人手の限られる中小企業が、全商品を細かく管理するのは不可能です。
そこで有効なのが、商品を重要度で分ける考え方です。売上や粗利の大部分は、一部の主力商品が生み出しています。まずは、その「売上・利益への貢献が大きい商品」だけを、重点的に管理するのです。
重要な商品は欠品リスクをできるだけ抑え、こまめに在庫を確認します。一方、貢献の小さい商品は、多少余裕を持たせた大まかな管理で構いません。管理の力を、効果の大きいところに集中させる。これが、限られた人手で成果を出す第一歩です。
2.「データ」は完璧を待たずに使い始める
次に、データ活用です。ただし、身構える必要はまったくありません。「データ活用」と聞くと、高価なシステムや専門知識が必要だと感じるかもしれませんが、そうではありません。むしろ大切なのは、完璧を目指さず、今あるものから使い始めることです。
中小企業庁の「2026年版 中小企業白書」によれば、中小企業のデジタル化の取組段階では、「デジタルツールを利用した業務環境に移行している状態」に該当する事業者が約6割を占めるまでになっています(図表2)。
<図表2>デジタル化の取組段階
特別な仕組みではなく、日々の業務でデジタルを使うこと自体は、もはや当たり前になりつつあります。
一方で白書は、ツールを導入しても期待した効果が出ない企業も少なくないと指摘しています。その効果の差を生む最大の要因は「部門間の連携」であり、営業・製造・バックオフィスが別々にツールを使い、情報が分断されたままでは、全社的な効率化には至らないとしています。つまり、大切なのは高価なツールをそろえることではなく、集めた情報については部門をまたいで共有し、経営判断に生かせる状態をつくることです。
在庫管理も、まったく同じ考え方で始められます。最初から高度な需要予測システムを導入する必要はありません。まずは、毎日のPOSデータや、これまでの発注記録を、使い慣れた表計算ソフトやクラウドに書き出してみる。それだけでも、在庫最適化に向けた第一歩になります。
大切なのは、「どの商品が、いつ、どれくらい売れたか」を、頭の中や勘ではなく、目に見える形にすることです。そして、その情報を発注担当だけでなく、売場担当や仕入担当とも共有することです。数字にして皆で眺めるだけで、「この商品は毎週金曜に売れている」「この商品は最近動きが鈍い」といった、これまで見えなかった傾向に気づけます。欠品や過剰在庫の兆候も、早い段階でつかめるようになります。
完璧なデータや分析を待っていては、いつまでも一歩を踏み出せません。まずは手元にある数字を、小さく使い始める。その一歩が、在庫最適化の出発点になります。
3.「情報」を仕入先と共有する
三つ目は、自社だけで抱え込まないことです。在庫の問題は、自社の努力だけでは解決できません。
「物流の2024年問題」を受け、国は「物流革新に向けた政策パッケージ」の中で、荷主と物流事業者が協力し、納品期限などの商慣行を見直すことを掲げています。これは、メーカー・卸・小売が情報を共有し、協力して在庫や物流を最適化する必要があることを示しています。
企業にとっても、これは重要な視点です。例えば、「来月はセールで多く売れそうだ」という情報を、あらかじめ仕入先に伝えておけば、仕入先も供給を準備できます。逆に、仕入先から「この商品は納期が延びる」と教えてもらえれば、早めに手を打てます。在庫の最適化は、自社の壁を越えた情報共有によって、はじめて現実的になるのです。
4.「完璧な予測」ではなく「早い気づき」を目指す
最後に、最も大切な心構えです。それは、「完璧に予測しよう」としないことです。
これまで見てきたように、売れ方は天候や価格で常に変わり、完全に予測することは誰にもできません。予測の精度を上げることに時間をかけすぎると、かえって身動きが取れなくなります。
目指すべきは、「完璧な予測」ではなく、「早い気づき」です。つまり、予測を外すことを前提に、「おかしい」と早く気づき、素早く手直しする仕組みをつくるのです。「この商品、いつもより減りが早いな」「この商品、動きが止まっているな」といった変化に早く気づければ、欠品も過剰在庫も、大きくなる前に対処できます。
消費者庁の「食品ロス削減関係参考資料(令和7年6月27日版)」でも、気象情報を用いた需要予測の共有など、需要に見合った販売を進める取組が、食品ロス削減の観点から紹介されています。これも、「完璧な予測」ではなく「変化への素早い対応」を重視する考え方といえます。
このように、在庫最適化が現場で失敗するのは、理論が悪いからではありません。「平均」を前提とする理論と、ばらつきや発注単位、人手不足といった現実の制約との間に、大きな溝があるからです。企業に必要なのは、完璧な理論やシステムではありません。重要な商品に絞り、手元のデータを使い始め、仕入先と情報を共有し、そして「完璧な予測」よりも「早い気づき」を大切にすること。
この現実的な積み重ねこそが、欠品と過剰在庫の両方を防ぎ、限られた資源を守る、中小企業ならではの在庫最適化につながります。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
- 当記事は2026年9月時点のものです。
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